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亀の子束子の価格 |
| 内 容 |
資 料 |
世の中の出来事 |
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| 明治40年(1907年) |
3銭 |
初代社長西尾正左衛門(32歳)が東京本郷真砂町にて棕櫚製の亀の子束子を発明
南方繊維のパームに着眼し原材料として採用
西尾正左衛門商店として発足し発売
※詳しくはこちらの「誕生秘話」をご覧下さい。
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小学校令改正
かけそば3銭
コルニュ、ヘリコプター初の試験飛行に成功 |
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| 明治41年(1908年) |
3銭 |
実用新案取得
「亀の子束子」・「亀のマーク」の商標権を登録 |
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中央本線全線開通 |
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| 明治42年(1909年) |
3銭 |
| 東京滝野川町へ工場を設置して暫時増産しながら地方へも拡売し名前も知られてくる |
ハイカラ節流行 |
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| 大正4年(1915年) |
5銭 |
好景気時代に売れ行きも商品名も順調に拡大
特許として価値ありとの理由で新に特許権を付与
(近年7月2日を"たわしの日"となる)
侵害者続出 |
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東京ステーションホテル開業 |
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| 大正7年(1918年) |
10銭 |
侵害権続出に苦しみ、広告(新聞や婦人雑誌)により強くアピールし商標の認識高揚に努め束子の包装を決断
よき商品と認識されて需要が増大 |
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米価暴騰 |
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| 大正8年(1919年) |
10銭 |
| 紙包装された亀の子束子を発売 |
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普通選挙獲得運動起る |
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| 大正12年(1923年) |
12銭 |
関東大震災
真砂町事業所が損壊の為、震災に耐えた滝野川へ移転 |
関東大震災 |
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| 昭和4年(1929年) |
8銭 |
全国に得意先が増大したため製品検査を強化し、良品の安定生産を図る
商標や包装の類似品が続発 |
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世界的経済恐慌起る |
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| 昭和6年(1931年) |
8銭 |
事業順調にて滝野川工場を新築
実用と普及の価値は特許制度開設以来第3位といわれる
国内外へ拡売(満州・樺太・台湾・ハワイ・アメリカ・南米諸国) |
満州事変起る
国産トーキの初め |
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| 昭和15年(1940年) |
15銭 |
| 戦争の影響にてパームの輸入が不可能になりシュロにて製造 |
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東京オリンピック中止 |
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| 昭和16年(1941年) |
15銭 |
太平洋戦争へ突入
工場は軍事工場として徴用され、小工場を設置し事業を縮小 |
関門海底トンネル開通 |
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| 昭和17年(1942年) |
15銭 |
| 2月3日、有限会社西尾製作所と改める |
食糧管理法公布 |
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| 昭和20年(1942年) |
15銭 |
小工場が空襲にて焼失したので操業を一時中止
本工場は幸い焼失を免れ、戦後返還された本工場で復興準備に努力するが資金と原料不足に苦難する |
第二次世界大戦終結
ユネスコ成立 |
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| 昭和21年(1946年) |
3円 |
| 6月13日、再開業ができ復興記念日とする |
日本国憲法公布 |
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| 昭和22年(1947年) |
8円 |
| お得意様が続々復活され取引の再開 |
労働基準法公布 |
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| 昭和23年(1948年) |
15円 |
7月23日、株式会社亀の子束子西尾商店と改名
紙包装を再開する |
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極東国際軍事裁判最終判決 |
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| 昭和25年(1950年) |
15円 |
| パーム繊維の使用が可能となる |
金閣寺焼失 |
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| 昭和26年(1951年) |
20円 |
| 「他品の三倍もつ」をコピーにホーロー看板作成 |
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民間ラジオ放送開始 |
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| 昭和28年(1953年) |
20円 |
亀の子束子の発明者、西尾正左衛門(初代社長)死去
西尾慶太郎社長就任(二代目) |
テレビ放送開始 |
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| 昭和32年(1957年) |
30円 |
| 神武景気にのり順調な売上を伸ばす |
旧ソ連人工衛星打上 |
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| 昭和33年(1958年) |
30円 |
| 4月1日現在、従業員数150人が全力で活動する |
東京タワー完成 |
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| 昭和34年(1959年) |
30円 |
| オレンジ色の紙包装始める |
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岩戸景気、伊勢湾台風 |
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| 昭和39年(1964年) |
35円 |
| オリンピックに湧く景気の中で売上は順調に伸びる |
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東京オリンピック
東海道新幹線開通 |
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| 昭和40年(1965年) |
40円 |
全国の得意先へ10年以上にわたり金看板を配布
その数2.000枚以上となる |
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朝永振一郎ノーベル賞 |
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| 昭和42年(1967年) |
50円 |
| 靴洗いジャンプを発売 |
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資本自由化正式実施 |
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| 昭和46年(1971年) |
70円 |
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札幌冬季オリンピック |
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| 昭和48年(1973年) |
100〜120円 |
| 新潟の曽地と木島に新工場を設立 |
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オイルショックで物価が高騰 |
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| 昭和49年(1974年) |
150円 |
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佐藤栄作元首相ノーベル賞 |
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| 昭和57年(1982年) |
180円 |
| 西尾康太郎社長就任(三代目) |
東北、上越新幹線開通 |
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| 昭和58年(1983年) |
180円 |
| 和歌山工場での生産が定着する |
三宅島大噴火 |
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| 昭和59年(1984年) |
180円 |
| 新製品として"浴用たわし"を発売し好評を得る |
 
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グリコ社長誘拐事件 |
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| 昭和60年(1985年) |
200円 |
百貨店にて実演販売を始める
自然素材で手作りの浴用たわしが人気となる |
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科学万博つくば開幕 |
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| 昭和61年(1986年) |
200円 |
国際産業展へ出店し注目あびる
"麻(浴用)シリーズ"、小型でカラフルな束子"シマシマミニミニ"を発売 |
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伊豆大島の三原山が大噴火 |
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| 昭和62年(1987年) |
200円 |
| 健康ブームにのり実演販売が好評をえて浴用たわしを増産 |
国鉄分割、JRグループ発足 |
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| 昭和63年(1988年) |
200円 |
| レトロブームの影響等から亀の子束子の再認識がつづき、テレビ・雑誌・新聞等に取材され多大な関心をあつめる |
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青函トンネル鉄道開業
瀬戸大橋開通 |
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| 平成2年(1990年) |
250円 |
実演販売が大好評
高品質の"絹シリーズ"を発売 |
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株価の暴落(バブルの崩壊)
東西ドイツ統一 |
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| 平成3年(1991年) |
250円 |
| 西尾松二郎社長就任(四代目) |
ソ連邦消滅 |
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| 平成4年(1992年) |
250円 |
| 環境問題に関心が高まり、天然素材で手作りの亀の子束子が見直される |
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毛利衛シャトルで宇宙へ |
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| 平成5年(1993年) |
250円 |
| パーム原料の生産国であるスリランカとの交流が更に盛んになる |
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皇太子ご結婚 |
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| 平成7年(1995年) |
250円 |
| PL法(製造物責任)の施行もあり、更に品質管理の強化と表示の明細化 |
阪神・淡路大震災 |
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| 平成10年(1998年) |
250円 |
新社屋完成
トータスペットシリーズの発売 |
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長野冬季オリンピック |
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| 平成11年(1999年) |
250円 |
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コメ輸入の自由化、関税化
ユーロ導入 |
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| 平成12年(2000年) |
250円 |
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白川英樹ノーベル賞 |
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| 平成18年(2006年) |
250円 |
ホームページのリニューアル
時代の流れにあわせて、インターネットから亀の子束子の商品購入が出来るように始める
全国の多くの方に天然素材・高品質の亀の子束子をご利用頂けるようになります |
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記録的大雪 |
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| 平成20年(2008年) |
280円 |
価格改定
平成2年3月に亀の子束子の価格を値上げして以来、実に18年ぶりとなる価格改定をおこないました。 オレンジ包装は100周年を記念した期間限定の特別仕様になっています。 |
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